『採蓮曲』李白(日中バイリンガル吟唱 第65作)
映画『長安三万里』に出てくる漢詩を順番に紹介して今回で7回目、李白の『採蓮曲』です。七言古詩で映画の中で旋律つきで流れたものでした。
日本での紹介については、前作に続き『新釈漢文大系 詩人編4 李白 上』にもありましたが、吉川幸次郎・三好達治の『新唐詩選』に『越女詞』とともに掲載されていて、ひょっとして歌えるかと期待しましたが訓読漢文でしたので、今回も自作訳詩とさせていただきました。
若耶渓は西施が蓮採り女をしていた場所ということで、ここにやってきた馬上の遊冶郎は越王勾践ということになるのかとも思われますが、復讐のための策謀として呉王夫差に献上されたこと、そして、呉が滅びた後は勾践夫人が彼女の美貌を恐れ夫も二の舞にならぬようにと、生きたまま皮袋に入れられ長江に投げられ、結果、蛤がよく獲れるようになり人々が西施の舌だと噂しあったということなどからでしょうか、その辺りは、はっきりさせていないようです。西施については、日本文学でも芭蕉をはじめ多くの影響をうけていますが、若耶渓の蝉と立石寺の蝉との関連を指摘するような文章も目にしました。
映画『長安三万里』では、長安にやってきた高適が出世のためと高家伝来の槍の演武を、玄宗の弟の岐王の邸宅で毎晩開かれる宴席の余興に披露する場面となります。この宴席では、彼女の声がかかれば出世間違いなしの玄宗の妹の玉真公主が主賓です。高適たちの前座であった女性たちによる歌舞で披露されたのがこの『採蓮曲』であり、なんとその作詞者が地方の揚州で活躍中の李白であることを、高適は後日再会したこの女性から知ることになるのです。岐王の宴席の演出監督は、後に李白を宮廷詩人の座から引きずり落とすこととなる宮廷歌手・李亀年です。この晩、玉真公主の目にとまったのは、王維の琴の演奏でした。高級官僚で、しかも、画家・書家・音楽家として活躍していたのです。また、少年時代の杜甫も、見出されなかった高適を慰め役で登場しますが、晩年、地方で李亀年と再会し、律詩で有名な杜甫の傑作七絶『江南逢李亀年』の中に名を残しています。こうした、盛唐の詩人たちのことを確認させてくれる意味でも、大変おもしろい映画となっています。
《採蓮曲》李白(中日雙語吟唱 第65作)
這是按順序介紹電影《長安三萬里》中出現的詩歌的第7期,這次是李白的《採蓮曲》。這是一首七言古詩,在電影中是伴隨著旋律演唱的。
關於這首詩在日本的介紹,繼前作之後,不僅收錄於《新釋漢文大系 詩人編4 李白 上》,在吉川幸次郎和三好達治的《新唐詩選》中也將其與《越女詞》一同收錄。我原期待或許能直接以此吟唱,但因為書中使用的是訓讀漢文,所以這次也採用了我自創的譯詩。
若耶溪傳說是西施採蓮之地,因此有人認為詩中來到這裡的騎馬少年(遊冶郎)指的是越王勾踐。但考慮到西施是作為復仇的計策被獻給吳王夫差,且據說吳國滅亡後,勾踐夫人因懼怕其美貌會導致夫君重蹈覆轍,將其裝入皮袋投入長江(生沉江底),結果那裡盛產蛤蜊,人們傳說那是西施的舌頭——鑑於這些傳說,詩中對人物的具體身分並未明確。關於西施,她對包括芭蕉在內的日本文學產生了很大影響,我也曾看到文章指出若耶溪的蟬與(芭蕉名句中的)立石寺的蟬有關聯。
在電影《長安三萬里》中,有一個場景是來到長安的高適為了求取功名,在玄宗之弟岐王宅邸每晚舉行的宴席餘興節目中,表演家傳的槍法。這場宴席的主賓是玄宗的妹妹玉真公主,據說只要得到她的賞識,仕途便不可限量。在高適等人登場前,作為暖場的女性歌舞表演正是這首《採蓮曲》。高適後來與其中一位女性重逢時才得知,這首詞的作者竟是當時活躍於地方揚州的李白。岐王宴席的演出總監是後來導致李白失去宮廷詩人地位的宮廷歌手李龜年。當晚,玉真公主看中的是王維的琴藝。王維不僅是高官,更是身兼畫家、書法家、音樂家的才子。此外,少年時代的杜甫也作為安慰懷才不遇的高適的角色登場。杜甫晚年在地方與李龜年重逢,並留下了那首著名的七絕(《江南逢李龜年》)。這部電影在讓我們重新確認盛唐詩人們的事蹟這一點上,也是非常有趣的。
