『上李邕』李白(日中バイリンガル吟唱 第61作)
 これも、映画『長安三万里』のおかげで知った詩でしたが、李白20歳前後の早期の作品ということもあり、Web上で日本語で紹介されているものは非常に少なかったです。
 商人の子である李白は科挙を受けることができず、残る手段の行巻(干謁(謁見を申し出る)の詩文を有力者に認めてもらって薦挙してもらう)を各地で展開したようです。この詩も、『文選』注で有名な李善の子であり、朝廷の高官で詩文にすぐれ、書家としても評価されていた李邕が左遷されて地方官をしていた時に、李白が李邕に対して干謁して失敗し李邕に献上した詩のようです。失敗した後に奉った恨み節でしょうか、自分を荘子の大鵬にたとえて、孔子も「後生畏るべし」と言っているように「今に見ていろよ」というような気迫にあふれています。
 日本語訳詞では、訓読読みは採用できず、自前のものをあてはめさせていただきました。大鵬の飛んだ「九万里」ですが、日本語では、鉄腕アトムでも使っている「十万」でしょうと、そちらにさせていただいています。比喩では、中国人は最大数九の影響とはいえ、大げさだと言われますが、鉄腕アトムの十万馬力も、音の影響でしょうかね。また、詳しく調べていませんが、詩句の日中での違いとして「時人」と「世人」の違いがあるようです。
 旋律については、吟誦作品を見つけられなかったものの、映画の影響でしょうか、中国のオーディション番組で歌われているものを見つけました。ドラマ挿入歌になっていたのかもしれませんが、詳しくは調べていません。ともかく、張征という方の作曲したものを採譜させていただきました。このような現代の伴奏リズム重視の音楽の中では、旋律は殺されてしまって、平仄も依字行腔もあったものではありません。吟誦作品との違いとして、漢字1字1音に割り当てられた音符に変化がなく、譜面どりが半分ですみました。

《上李邕》李白(中日雙語吟唱 第61作)
  這首詩也是多虧了電影《長安三萬里》我才知道的。由於它是李白二十歲左右的早期作品,在網上以日語介紹的非常少。
  作為商人之子的李白無法參加科舉考試,似乎只能選擇行卷(攜帶著詩文去拜訪有影響力的人,讓他們認可並推薦自己,即干謁)這條途徑,並在各地展開行動。這首詩似乎就是李白在向因《文選》注而聞名的李善之子、朝廷高官、精通詩文且被譽為書法家的李邕干謁失敗後,獻給李邕的。這或許是一首在干謁失敗後奉上的「怨詞」吧,詩中將自己比作《莊子》筆下的大鵬,並引用孔子所說的「後生可畏」,充滿了「走著瞧吧」的豪邁氣概。
  在日語譯詞中,我無法採用訓讀,而是使用了自己創作的譯詞。大鵬飛翔的「九萬里」,我在日語中將其譯成了「十萬里」,就像《原子小金剛》中使用的那樣。雖然有人說中國人喜歡用最大的數字(受「九」的影響)來誇大其詞,但《原子小金剛》的「十萬馬力」是否也是受到了這種發音的影響呢?此外,我沒有詳細考證,這首詩的詩句在日文和中文中似乎存在「時人」和「世人」的區別。
  關於旋律,我沒有找到吟誦作品,但可能受電影的影響,我在一個中國的選秀節目中發現了一個演唱版本。它可能曾是電視劇的插曲,但我沒有深入考證。總之,我採譜了張征創作的旋律。在這樣注重現代伴奏節奏的音樂中,旋律被弱化了,平仄和「依字行腔」(根據字的聲調決定旋律的抑揚)也蕩然無存。與吟誦作品不同的是,分配給每個漢字的音符變化不大,使得採譜的工作量減少了一半。